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事の始まりは去年まで使っていた薪ストーブは使えないねという話だった。
そうなると、ストーブを新調しないといけない。
母は買おうかどうか迷っていたが、「貰い物の古い角型ストーブを使う」と言った。
この煙突式石油ストーブは今は亡き私の祖父が誰かからもらい使用していたらしい。私は祖父との仲はすこぶる悪く詳しくは知らない。
私は言った。
「買ったほうがいいんじゃない?」
「でも、あるし」
私は黙った。
大変なことになるだろうなと思ったら、しっかりとなった。母は1日中田んぼで動き回った時みたいな疲労困憊顔に成り果てていた。
今回はそういう話である。
まず、今、父が一日の大部分を過ごす部屋にもストーブがある。石油ファンヒーターなのだが、秋や春のちょっとした寒さには丁度いいのだが、今の時期からではちょっと物足りない。
そして、糖尿病での血行障害、大腸がんによる大腸切除などを経験してきた父にとって、今の石油ファンヒーターでは案の定寒さが堪えるらしい。
そういうわけで、兄が休みだったので、母と兄が協力して古い角型ストーブを設置した。無事に火はついたのだが、中の火が赤い。
火が赤いのはよくはないらしいのだが、父にもこの知識はあり、この炎が気に入らず、1日中ストーブの横に座った。
すぐに電源を切ったが、電源をつけている間中、母は火傷するのではとヒヤヒヤしていたが、これだけじゃ収まらなかった。
ストーブの電源を止めたあと、父はストーブを修理すると言った。
私はやっぱりなと思った。
我が家ではストーブが壊れた時や使い始める時には、分解掃除をして20年以上は使ってきたのだ。修理するのはもちろん父だ。
何かあったら、ストーブを分解したいというのは父にとっては自然な流れだろう。特に、汚れがたまりまくっている古いストーブであるならば、なおさらである。
だが、脳梗塞で脳の右だか左だかの広い部分が壊死している父の知能はかなり落ちている。だから、分解掃除をきちんと行い、終わらせることはできない。
父がわかるのは分解掃除や修理が必要というところまでだ。やったところで、どのように分解掃除や修理を進めればいいのかわからないのだ。
案の定、ストーブがどのような仕組みで火が点くのかまで理解ができていないからかコードをちょん切ると言い出した。
コードをちょん切ったら、ストーブとして終わりである。刃物は隠してあるから切られることはない。
この刃物は隠すは看護師さんだかリハビリを担当した人からのしっかりとした助言である。だから、父がいる部屋には刃物はない。
私は父のことを昔の事件になぞらえて、男阿部定と呼んだ。
コードを抜いたストーブのスイッチを1日中カチカチしている。父にとっての第一夫人はテレビで、第二夫人はストーブである。
母はこの様子を見てイライラしていたが、第2夫人への嫉妬が原因ではない。カチカチ音と本人の諦めの悪さからである。
翌日から父は起きてきてから、夕方の吉田類タイムまでストーブとのお戯れの日々が始まった。
朝起きてきてからからずっとストーブと戯れている父の言葉で、2台めの古い丸型のストーブを引っ張り出すことになった。
この2台めは元々、私達家族が使っていたもので、壊れているのだ。
壊れていると伝えたが、父は、大きな声で、言葉にもならない言葉を発する。
失語症なので言葉がうまくでないのだ。短い単語は発音できるがそれ以外は何を言っているのかわからない。だが、ずっと何かをまくし立てている。
説得しても無意味だし、言い出したら聞かないことがわかるので、ストーブを運んだ。
角型ストーブは部屋の外に出した。重かった。
煙突を設置し、灯油を入れる。
火がついたが、すぐに消えた。こういう壊れ方をしたストーブなのである。
さらに翌日。兄が休みだったので、母はわざわざ遠くまで新しいストーブを買いに行った。なんでもその店にしか煙突型石油ストーブはないのだという。
時代は進み、霧ヶ峰の世の中になっていたのだ。だが、我が家は煙突型石油ストーブで時代が止まっているし、夏はうちわと保冷剤のみである。つまり、エアコンがない。
母が遠くの店まで買い出しに行っている間、父はストーブと戯れていた。
その後、母が戻ってきたが、新しい花嫁もといストーブは連れてきていなかった。
なんでも、お店に在庫がなく、取り寄せになるのだという。ちなみに、値段は8万円。
翌日も父のストーブ愛は止まらない。
角型ストーブを持って来いというので、そのとおりにした。言うことを聞かないと言う通りになるまで、濁音のような音で何かをまくしたてるのだ。
聞き取れる単語はほとんどなく、本当に単なる音である。それでも短い単語は聞き取れるものもあるから、かろうじてコミュニケーションがとれている。
分解掃除をするのだという。
案の定できてはいないのだが。そして、半日ストーブとのズブズブな時間を過ごした父は昼食後、疲れたのか昼寝をしていた。
8万円の花嫁が我が家に来るまで父は毎日、壊れた古いストーブ相手に戯れるのだろう。その間、母と私は重いストーブを右に左へと運ぶのだ。
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